「葉酸と母子の健康を考える会」調査・活動レポート

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第2回マスコミセミナー セミナーレポート「少子高齢化社会における 家族のための栄養学~なぜ日本では葉酸啓発・摂取が進まないのか?」

葉酸と母子の健康を考える会
第2回マスコミセミナー セミナーレポート
「少子高齢化社会における 家族のための栄養学~なぜ日本では葉酸啓発・摂取が進まないのか?」

【セミナー内容】

■「『葉酸と母子の健康を考える会』発起人挨拶」
大井静雄(おおい・しずお)
東京慈恵会医科大学病院 総合母子健康医療センター
小児脳神経外科部門教授
ドイツ・ハノーバー国際神経科学研究所・脳神経外科教授

■講演「脳卒中・認知症等に葉酸が果たす役割」
香川靖雄(かがわ・やすお)
女子栄養大学副学長
自治医科大学名誉教授

■講演「葉酸は骨粗鬆症の予防に有効か」
折茂肇(おりも・はじめ)
健康科学大学学長、骨粗鬆症財団理事長

■講演「葉酸と成人病(生活習慣病)胎児期発症説」
福岡秀興(ふくおか・ひでおき)
早稲田大学胎生期エピジェネティックス制御研究所教授

■ディスカッション
大井、香川、折茂、福岡 各先生


 「葉酸と母子(ははこ)の健康を考える会」(以下本会)は、ビタミンB群の一種である葉酸が、女性と子どもの健康にいかに寄与するかの情報を提供することを目的に、昨年3月の設立以来さまざまな葉酸啓発のための取り組みを行っております。
 これまで葉酸には胎児の先天性障害である二分脊椎症を予防する機能があることが認知されてきておりますが、最近の研究ではさらに脳卒中や脳卒中に起因する認知症、骨粗鬆症など高齢者がかかりやすい各種の疾病や、出生後の小児の成人病(生活習慣病)発症に対しても大きな役割を果たしていることが明らかになっております。すでに米国はじめ多くの国では強制的に穀類に葉酸を添加し、葉酸の推奨量も日本の約2倍の400μgと定めた施策を実施しており、二分脊椎症や脳卒中が激減しています。このため、本会では2008年4月3日(木)「葉酸の日」に、葉酸が持つさまざまな機能に関する最新の知見・研究成果を改めてお伝えするとともに、現代の日本人がおかれている栄養摂取環境における問題点を考察するセミナーを実施しました。
 セミナーでは、本会発起人でもあります東京慈恵会医科大学総合母子健康医療センター教授 兼 (独)ハノーバー国際神経科学研究所(I.N.I)小児脳神経外科教授 大井静雄先生と、女子栄養大学副学長 兼 自治医科大学名誉教授 香川靖雄先生、健康科学大学学長 兼 骨粗鬆財団理事長 折茂肇先生、早稲田大学胎生期エピジェネティックス制御研究所教授 福岡秀興先生を講師に迎え、少子高齢化社会において特に重要となる葉酸の役割についてご講演いただきました。
 またセミナーの最後には、大井先生と演者の先生方によるディスカッションも行われ、葉酸に関するさらなる研究の必要性や、日本の現状における課題などが再確認されました。

 なお本ニュースレターは、各先生方の講演内容を中心に、当日のセミナー内容をまとめたものです。



■「『葉酸と母子の健康を考える会』発起人挨拶」

大井静雄(おおい・しずお)
東京慈恵会医科大学病院 総合母子健康医療センター
小児脳神経外科部門教授
ドイツ・ハノーバー国際神経科学研究所・脳神経外科教授

1 二分脊椎症とは

日本で増加する二分脊椎症
 はじめに、二分脊椎症について、それがどのように発生しどのように治療されているかについてお話したい。私はこれまでの研究を通じて、このような疾患に対しては、徹底した予防が必要、という結論にほぼ達している。
 二分脊椎症は、胎児の成長過程で、脊髄を保護している脊椎(背骨)がうまく形成されない疾患で、生まれてきた子どもには、足の麻痺や変形、感覚障害、膀胱や直腸の障害などを伴うことが多い。原因は諸説言われているが、はっきりしたことは分かっていない。
 胎児の脳や脊髄は、第4週目ごろに神経管から作られる。この神経管は、神経板と呼ばれる“板”状の組織がちょうど背中のジッパーを閉じるようにして“管”状になったものだが、このとき、足に近い下端がうまく閉じないと二分脊椎症が生じる。反対に頭側の閉鎖に支障をきたすと無脳症になる。

二分脊椎症の種類
 二分脊椎症は、重症度によっていくつかのタイプに分けられる(図1)。図1では左にいくほど重症度が高い。右から2番目は、脊椎の屋根にあたる椎弓(ついきゅう)が欠損した「脊椎披裂(せきついひれつ)」だが、このように骨の一部が欠けている程度までなら脊髄そのものは保護されているのでさほど問題はない。実際、この「脊椎披裂」は、出生児の10人に1人の割合で認められる。
 一番左は、二分脊椎症の中で最も症状の重い「脊髄披裂」。本来なら脊椎の中に収まるべき脊髄が外に出て、癒着や損傷を起こす(図2)。狭義の「二分脊椎症」と言うとこのタイプを指すことも多く、一般には「脊髄髄膜瘤(せきずいずいまくりゅう)」とも呼ばれる(以降の「二分脊椎症」は、この「脊髄披裂」を指す)。また「脊髄披裂」では、高い確率で水頭症も併発する(図3)。
 詳細は次で述べるが、二分脊椎症や無脳症は近年日本で増加しており、二分脊椎症の子どもは1万人に6人の割合で生まれている。


図1 二分脊椎には、どんなタイプがあるのでしょう? 


図2 脊髄披裂


図3 著しく進行した水頭症


2 二分脊椎症の発生頻度、診断、治療

二分脊椎症の発生頻度
 図4は、二分脊椎症に代表される神経管閉鎖障害(NTD)について、日本における発生頻度を示したものである。これを見ると分かるように、日本においては近年増加傾向にあり、2002年時点で、分娩1000件に対し0.6件(1万人に6人)となっている。図5のような国々では、1980年代以降、現在までのおよそ四半世紀で神経管閉鎖障害は明らかに減っており、日本での増加は、先進諸国のなかでは特異な状況と言わざるを得ない。
 東京慈恵会医科大学病院・総合母子健康医療センター(JWCMC)の小児脳神経外科では、2001年から2007年までに約1000例の患者を診てきたが、そのうち二分脊椎症の患者は273例と、全体の約4分の1を占めている(図6)。


図4 神経管閉鎖障害(NTD)の発生頻度(日本)


図5 神経管閉鎖障害(NTD)の発生頻度(海外)


図6 東京慈恵医大 総合母子健康医療センター小児脳神経外科 疾患分布


診断と治療の現状
 二分脊椎症の診断については従来は超音波検査による画像診断が中心だったが、1990年代の後半になると、高性能のMRIで胎児を描出し、より詳細に病態を捉えることができるようになった。これについては保険も適用されている。図7は、台北の大学と共同で2006年に「ジャーナル・オブ・ニューロサージャリー(Journal of Neurosurgery)」で発表したものだが、MRIによって胎児の様子が鮮明に描き出され、神経学的に何番目までの脊椎が正常かなどについて評価が可能となっている。
 二分脊椎症の赤ちゃんが生まれると、原則として24時間以内に手術を行う。手術では脊髄を再建し、さらにこれを膜で覆い、最後に皮膚を閉じる。ただしこの手術は感染を防ぎ、脊髄の二次的な損傷を防ぐ目的で行われるもので、脊髄そのものが再生するわけではない。
 現在、脳神経外科医は世界に数多くいる。しかし小児の疾患を扱える医師は極めて限られるため、国や地域によっては十分な治療が行われず患者が放置されているケースも珍しくない。そこでJWCMCとドイツのハノーバーにある国際神経科学研究所(I.N.I)では、各国の脳神経外科の専門医を対象とするフェローシップを立ち上げ、小児の脳神経外科領域、特に二分脊椎症をはじめとするチーム医療についての研修を行っている。


図7 Fetal Spina Bifida MR Imaging Update


3 二分脊椎症の予防と葉酸

葉酸は二分脊椎症の7割を予防する
 現在、二分脊椎症の予防効果が認められているのが、青菜やレバーなどに多く含まれる水溶性ビタミン、葉酸である。
 これについては1991年、最も信頼できる医学雑誌の一つである「ランセット(The Lancet)」に発表された有名な研究がある。7カ国33施設、計1817人の妊婦を対象に、無作為二重盲検法で行ったこの研究では、「葉酸」「7種類のビタミン」「葉酸と7種類のビタミン」「どちらもなし」の4つの摂取グループで比較を行っている。その結果、ビタミン摂取のある・なしに関わらず葉酸を摂取することで二分脊椎症の72%が予防できたことが報告され、世界的に大きな反響を呼んだ(図8)。
 また、この研究成果を取り入れ葉酸による二分脊椎症の予防に乗り出す国が相次ぎ、それぞれで成果を出しはじめている。特にアメリカでは、出産可能年齢の女性に対して葉酸の必要量を1日400μgとし、1998年にはすべての穀物製品に葉酸の添加を義務づけるなど、徹底した葉酸強化策がとられている(図9)。


図8 Prophylactic Effect of Folic Acid on Dysraphysm 


図9 アメリカ合衆国におけるNTD予防に関する行政上の進展 


日本の現状と今後の課題
 日本では2000年12月、厚生労働省が関連団体に対し「妊婦や、妊娠可能な年齢の女性などに、二分脊椎症等の予防と葉酸摂取に関する十分な情報提供の実施」を求める通知を出した。また2002年には母子手帳に葉酸摂取の必要性に関する記述が盛り込まれた。しかしその後の啓発活動が続かず、日本における葉酸の摂取状況は未だ改善されていない。
 図10は女子大学生を対象に行った調査結果だが、彼女たちの65%は、食事摂取基準で定められた葉酸の必要量200μgさえも摂っておらず、憂うべき現状が浮き彫りになっている。
 「葉酸と母子の健康を考える会」としては、これまで同様、妊娠の可能性のある女性に向けた啓発活動を継続していく一方で、摂取量の増加に直接結びつくような活動にも力を入れる必要があるだろう。また、葉酸についての認識が低い医療関係者に対する働きかけも課題の一つだ。
 また、葉酸を集約的に取り込んだ「葉酸たまご」などの製品が、徐々に一般消費者向けに販売されるようになってきた(図11)。しかし、このような葉酸強化食品の開発は、日本ではまだ緒についたばかりである。先進諸国を中心に、葉酸の食品添加の効果が証明されようとしている現在、二分脊椎症が漸増する日本はどうあるべきか、もう一度真剣に考える必要があるのではないだろうか。


図10 妊婦と栄養の社会啓発(日本)


図11 葉酸たまごの特長


■講演「脳卒中・認知症等に葉酸が果たす役割」

香川靖雄(かがわ・やすお)
女子栄養大学副学長
自治医科大学名誉教授


1 日本の健康課題と葉酸摂取の現状

寝たきりの3大要因と葉酸

 日本では要介護人口の増加が深刻な社会問題となっている。寝たきりの原因としては脳梗塞をはじめとする脳卒中(脳血管疾患)、骨粗鬆症による骨折、認知症が上位3疾患を占めている(図1)。これらを予防するには、昨今取り沙汰されているメタボリックシンドロームへの対処が第一条件だが、今日はこれらの疾患に葉酸の摂取が関与しているという話をしたい。
 厚生労働省が定める食事摂取基準では、葉酸の1日あたりの推奨量は成人で240μgである。これに対し日本人の1日の葉酸摂取量は294μg(平成16年度国民健康・栄養調査)で、数字上は推奨量を充足している。
 しかしこれについて問題点が指摘されている。一つは、葉酸には吸収されやすいモノグルタミル葉酸と吸収されにくいポリグルタミル葉酸があるが、食品中に含まれる葉酸の大部分は後者の葉酸であり、その点が考慮されていないということ。利用効率はモノグルタミル葉酸1に対し、ポリグルタミル葉酸は0.6程度で、摂取量294μgのうち実際に吸収されているのは200μg前後と推定される。
 また、葉酸が不足するとホモシステインという悪玉のアミノ酸が増加し、認知症や脳梗塞の発症リスクが高まることが知られている(図2、図3)。これらのリスクを考慮すると、ホモシステインの安全水準は8μmol/Lと考えられるが、食事摂取基準ではホモシステインの基準値を14μmol/L未満とし、これを維持できる量として葉酸の推奨量を算出している。


図1 日本人の寝たきりはメタボリックシンドロームによる脳卒中、認知症


図2 血漿ホモシステイン濃度と5年間の認知症発症頻度


図3 ホモシステインが高いと脳梗塞が5.5倍−7.5倍に増加


アメリカにおける葉酸摂取
 アメリカでは1998年以降、穀類への葉酸の添加が義務づけられている。その結果、脳卒中の最大の危険因子メタボリックシンドロームは、未だ制御できていないにもかかわらず、驚くべきことにこの年を境に脳卒中による死亡率が急速に低下した(図4)。
 主食となる穀類に強制的に葉酸を強化したことで、アメリカ国民の葉酸摂取量及びホモシステイン濃度は、それぞれ安全域に達した。葉酸をめぐるアメリカの例は、食事でここまでできる、という好例と言えるだろう。


図4 穀類の強制的葉酸強化をした1998年を境に
   脳卒中死亡率が急激に減少した


2 脳梗塞、及び認知症と葉酸の研究

 脳の血管が詰まることで起こる脳梗塞。最近の研究で、脳梗塞には体質的になりやすい人となりにくい人がいることが明らかになってきた。日本人では約15%の人が脳梗塞になりやすい遺伝子タイプ(TT型)を持っているという。TT型の人が脳梗塞を起こすリスクは、通常の約3.5倍。またTT型では、それ以外の遺伝子タイプの人に比べて血中の葉酸濃度が低く、総ホモシステイン濃度が高いことも分かっている。
 しかしTT型であっても、毎日400μgの葉酸を摂取することで、他の遺伝子タイプと同程度にまで葉酸の血中濃度が上がることが研究で確認されている(図5)。
 また認知症に関する研究では、葉酸の摂取量を488μg以上にするとアルツハイマー病のリスクが低下するというアメリカの報告や、3年間の葉酸摂取で、なりかけの認知症が予防できたとする報告などがある。


図5 TT型の人も400μgの葉酸を毎日摂れば安心

3 葉酸強化食品を活用し、1日400μgを

なぜ、葉酸強化食品が必要か
 必要な栄養素を毎日の食事で充足できれば、それが最も望ましい。しかし前述したように食品に含まれる葉酸は吸収の悪いものが多く、消化吸収能力が低下している高齢者や、脳梗塞のリスクが高いTT型の人では十分な摂取が難しい。やはり吸収率の高いモノグルタミル葉酸を強化した食品の活用が必要不可欠だ。
 ところで、高齢者施設での食事は栄養計算がなされているため、葉酸の推奨量240μgは食事から摂ることができる。しかし実際には、先に述べた理由で多くの高齢者で血中の葉酸濃度は低く、ホモシステイン濃度は高い。そこで我々がある施設で通常の米飯の代わりにモノグルタミル葉酸を添加した米飯を取り入れてもらったところ、血中の葉酸の濃度は有意差を持って高くなり、有害な血中ホモシステイン濃度も低下した。その傾向は、TT型の遺伝子を持つ人でも同様だった(図6、7)。


図6 米飯にモノグルタミル葉酸を加えれば高齢者でも血清葉酸濃度が上昇


図7 高齢者でもモノグルタミル葉酸添加飯によって
有害な血中ホモシステイン濃度が低下


葉酸摂取に関する課題
 現在、女子栄養大学と埼玉県坂戸市は、葉酸1日400μgを摂る運動「坂戸市葉酸プロジェクト」を進めている。調理実習や栄養、運動に関する指導を併せて行い、参加者の葉酸摂取状況は改善されつつある。
 最後に、日本の葉酸摂取の現状を踏まえて、私が提起する問題点は図8のようなものである。葉酸の推奨量については400μgで脳卒中が減少したというアメリカの報告もあることから、日本も吸収率のよいモノグルタミル葉酸に換算し、1日400μgとすべきと考える。


図8 日本の葉酸栄養改善の問題点

■講演「葉酸は骨粗鬆症の予防に有効か」

折茂肇(おりも・はじめ)
健康科学大学学長、骨粗鬆症財団理事長


1 骨のしくみと骨粗鬆症

骨粗鬆症とはどういう病気か 
骨の量は、20歳前後で最大(ピークボーンマス)に達し45歳ごろまで維持されるが、女性では閉経を迎える50歳代以降急速に減少する(図1)。その減り方が激しく、ピークボーンマスの70%以下になって骨折のリスクが高まった状態が骨粗鬆症である。50代の10人に1人、60代の3人に1人、70代では2人に1人の女性が骨粗鬆症と推定される。
 この病気が問題とされるのは骨折しやすくなるからで、特に多いのが転倒した際に脚の付け根の骨を折る「大腿骨頸部骨折」、尻もちをついたときなどに背骨が潰れる「腰椎圧迫骨折」、転んで手をついたときに手首を折る「前腕骨遠位部骨折」である。最も深刻なのは大腿骨頸部骨折で、これが寝たきりの原因となることも多い。我々の調査によると、大腿骨頸部骨折の新患の患者数は近年高齢者人口の増加に伴って急増し、とりわけ女性で多くなっている(図2)。
 また、骨は血管との関わりが深く、骨折が3個以上になると、心筋梗塞や脳梗塞で亡くなる人が増え、骨折がない人に比べて死亡率が4倍になることも報告されている。


図1 骨粗鬆症の概念


図2 大腿骨頸部骨折新患数


骨粗鬆症の発症メカニズム
 骨では、古い骨が壊される「骨吸収」と新しい骨が作られる「骨形成」がくり返され、リモデリングが行われている(図3)。このとき骨吸収を担当しているのが「破骨細胞」、骨形成を担当しているのが「骨芽細胞」である。骨粗鬆症はリモデリングのバランスが崩れ、骨吸収が過剰になることで起こる。
 骨吸収や骨形成にはさまざまな調節因子が働いている。例えば破骨細胞が作られるには骨芽細胞の関与がある。骨芽細胞から出されるランクル(RANKL)という物質が、破骨細胞の前駆細胞にあるランク(RANK)に結合することで、活性化した破骨細胞が生まれる(図4)。
 破骨細胞や骨芽細胞の活性状態は、尿や血液に含まれる骨代謝マーカーを調べれば分かる。代表的な骨吸収マーカーには酒石酸抵抗性酸フォスファターゼやピリジノリン、骨形成マーカーには骨型アルカリフォスファターゼやオステオカルシンなどがある。 


図3 骨のリモデリング


図4 破骨細胞の分化誘導とその調節因子


2 ホモシステイン、及び葉酸の骨への関与

骨粗鬆症の危険因子とホモシステイン
 骨粗鬆症の危険因子はさまざまで、年齢や性別など、本人の努力で排除できないものもあれば、カルシウム不足や喫煙、多量のコーヒー摂取など、日常的に気をつければ排除できるものもある。そして、これまで言われてきた危険因子に加え、最近新たに注目されているのが、有害なアミノ酸であるホモシステインの関与である。中年(47歳〜50歳)、及び高年(71歳〜75歳)の人を対象に行った研究では、血中のホモシステイン濃度が上がると、年齢に関わらず骨密度が低下し、その傾向は女性に顕著であることが報告されている。
 また、オランダを代表するコホート研究である「ロッテルダム研究(Rotterdam Study)」(図5)と「アムステルダム縦断加齢研究(LASA Study)」(図6)でも、ホモシステインの血中レベルが高いグループは低いグループに比べて明らかに骨折しやすいことが示されている。
 ではなぜ血中のホモシステインレベルが高いと骨密度が低下し、骨折しやすくなるのか。図7の左のグラフは破骨細胞の数、右は骨吸収マーカーの一種である酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)の活性をそれぞれホモシステインとの関係で見たものだが、どちらもホモシステインレベルが高いほど、高値になっていることが分かる。このことから、ホモシステインは破骨細胞の活性を高め、その結果骨吸収がさかんになり骨が減るのではないかと考えられている。


図5 Incidence of fracture and homocysteine levels In Rotterdam Study


図6 Incidence of fracture and homocysteine levels in LASA


図7 Effect of homocysteine on osteoclast formation and TRAP activity


葉酸で骨折が防げるか 
最後に、ホモシステインを減らす効果のある葉酸と骨折との関係を調べた研究を紹介する(図8)。葉酸とビタミンB12を投与されたグループでは、大腿骨頸部骨折(Hip Fractures)及び全ての部位の骨折(All Fractures)の発生件数が抑えられている。これは2005年に発表された研究だが、葉酸に骨折リスクを下げる可能性があることを示唆する大変貴重なデータである。
 葉酸やホモシステインの骨への関与については、研究が始まったばかりだ。しかし骨粗鬆症による骨折への対策は、脳卒中や認知症と並んで高齢者のQOLを考える上で非常に大きな課題でもある。葉酸を摂取することで骨折を予防できるのか。それが確かめられれば葉酸は介護予防につながる最大の武器になるだろう。


図8 Incidence of new fractures in pationts receiving placebo or folate and vitamin B12


■講演「葉酸と成人病(生活習慣病)胎児期発症説」

福岡秀興(ふくおか・ひでおき)
早稲田大学胎生期エピジェネティックス制御研究所教授


1 成人病の素因は胎児期に作られる

出生体重と成人病の発症リスク 少
子高齢化が進む日本では、出生人口をいかに増やすかが大きな課題だ。しかしそれ以上に重要なのは、生まれてくる次世代の健康を十分に確保することだろう。本日のテーマである葉酸について言えば、妊娠中に葉酸が不足すると胎児の奇形や妊娠合併症などが懸念されるが、加えて将来的に成人病を発症するリスクが高くなることも分かってきた。
 これは「胎芽期、胎児期、乳児期に低栄養や過量栄養の状態にさらされると成人病の素因が形成される」とする「成人病胎児期発生説」(1986年にイギリスのDavid Barker氏によって提唱)に基づくもので、中でも葉酸は特に重要な栄養素と考えられている。
 図1は出生体重毎にみた虚血性心疾患による死亡率であるが、男女ともに出生体重が小さくなるに従い高くなっており、J字型となっている。同様に2型糖尿病リスクと出生体重についても、3800g前後が最も低く、小さくなっても大きくなっても共に増加している(図2)。
 ほかにも(中心性)肥満、高血圧、脳梗塞、神経発達行動異常、脂質異常症について、出生体重との関連がほぼ確実視されている。また一部のがんや慢性閉塞性呼吸器疾患、骨粗鬆症、うつ病などとの関係も指摘されている。
 なお、成人病のリスクが最も低い出生体重は、イギリスでは3800g、インドでは2800gと言われている。日本人ではまだ明らかではないが、おそらく3500g前後だろう。


図1 出生体重と虚血性心疾患死亡の相関性


図2 出生体重と2型糖尿病発症リスク


“小さい赤ちゃん”が増える日本
 近年、日本では出生体重が急速に低下している。2500g以下で生まれた赤ちゃんを低出生体重児というが、その数は図3のように1975年以降増えつづけ、また平均出生体重は女児ではすでに3000gを下回っている。これは成人病のリスクの高い人が今後増えている可能性が高くなっているといえるのである。
 この原因には、日本の妊婦栄養摂取量が少ないことが考えられる。
 その一例としてエネルギー摂取量を考えてみた。妊娠中に必要なエネルギー量は、当然初期、中期、末期と増加していくと考えるのが当然である。しかし驚くことに、妊娠期間を通じて摂取エネルギーはほとんど増えていない(図4)。しかも同世代の非妊婦と変わっていない。この栄養で胎児が十分発育できるか疑わしい。
 この背景には、日本の若年女性の極端なやせ願望や、今なお一部で「小さく生んで、大きく育てる」ことを良しとする風潮があることなどが考えられる。


図3 低出生体重児の出生割合と出生数の推移


図4 妊娠中の摂取カロリー推移


2 妊娠中に特に重要な葉酸

胎児の発育に、なぜ葉酸は必要か 
 次に、この成人病胎児期発症説に葉酸がどのように関わっているかを考えてみたい。
 妊婦の葉酸摂取は、昨今、憂うべき状況にある。日本では二分脊椎症が増えているが、この疾患は妊娠初期の葉酸の摂取量が少ない場合に起こりやすい。
 妊娠中に葉酸が重要なのは、一部はメチル基(CH3)の代謝に強く関わっているからである。図5はその代謝メカニズムを簡略化して表したものだが、S-アデノシルメチオニンが、S-アデノシルホモシステインになる過程で、メチル基転移酵素によりメチル基が移動し、DNAやタンパクがメチル化する。これが遺伝子発現を制御する。そしてこの代謝系には、葉酸のほか、ビタミンB6、B12、亜鉛といった栄養素等も必要とされる。
 これらの栄養素が慢性的に欠乏すると、この回路がスムーズにまわらなくなって遺伝子のメチル化度が変化してしまう。すると遺伝子配列そのものは変わらなくても、遺伝子の発現が後天的に変化し、これが成人病の素因を作り出すと考えられているのである。


図5 葉酸の代謝


葉酸不足の悪影響は一生続く
 図6は、葉酸がDNAのメチル化度と遺伝子の発現量にどのような影響を与えるかを、ラットを用いて調べたものである。実験では妊娠中の母親ラットに「正常食」「タンパク制限食(タンパク質の量を半分にした低栄養食)」「タンパク制限食に葉酸を加えた食事」をそれぞれ与え、仔ラットが生後50日目を迎えたところでその肝臓の遺伝子の状態を見た。
 DNAのメチル化度では、「タンパク制限食」を与えられた母親ラットから生まれた仔ラットで顕著に低値となった。しかし葉酸を加えた「タンパク制限食+葉酸食」では、「正常食」とほぼ変わらなかった。
 遺伝子の発現量でも、「タンパク制限食」では「正常食」の約3倍ほどに増加したが、「タンパク制限食+葉酸」では正常食にほぼ近かった。
 同じく、生後1年半のラットの血圧を調べた研究では、「タンパク制限食」で血圧が高くなっていたが、「タンパク制限食+葉酸食」では「正常食」に近い血圧に抑えられていた(図7)。
 胎児に栄養問題が生じると、その悪影響は一生、さらに言えば3世代に渡って続くと考えられている。図6、7に示した研究でも、生後50日、または一年半が経過しても、母親の子宮内で起こった変化の影響が持続していたのである。この様に葉酸は、妊娠中の全ての時期を通じて栄養状態の鍵を握る極めて重要な栄養素であることが理解できる。
 次世代の健康を考えることは、現代を生きる我々に与えられた責務である。


図6 低蛋白+葉酸の仔肝臓グルココルチコイド受容体の
遺伝子メチル化度と遺伝子発現量への影響


図7 ラット母獣に低蛋白+葉酸添加食の血圧への影響


ディスカッション
大井、香川、折茂、福岡 各先生


大井先生
 本日の講演で共通していたのは、葉酸の摂取がさまざまな疾患の予防につながるということ。そこで3名の先生方に、再度おたずねしたい。裏づけとなるエビデンスは、どの程度、信頼できるものか。また、葉酸は具体的にどのような作用機序で、それぞれの疾患と関わっているのか。

香川先生
 認知症あるいは脳卒中は、数十年の経過を経て起こるので、確かなエビデンスをとるのが難しい。しかし、何十年も追跡したデータが出るまで、何の予防もしないというわけにはいかない。
 もちろん、人を対象とした長期的なデータがあり、8つの無作為化対照試験のメタアナリシスの結果、Wang X et al. Lancet369:1876-1882(2007)が信頼できる。具体的な作用機序はエピジェネティックスと呼ばれる分子生物の機構研究分野で詳細に進んでいる。百歳を超える追跡の例として、David Snowdonという研究者が、修道女を対象に行った研究を挙げておく。

折茂先生
 日本人に関するデータはこれから。骨折がエンドポイントなので、研究には時間がかかる。少なくとも二重盲検で、3年間はフォローが必要。投与量についても、よく検討しなければならない。
 認知症の話も出ていたが、認知症の患者は転倒、骨折しやすい。葉酸で認知症の予防もできればさらに骨折を減らせるだろう。骨粗鬆症は慢性疾患なので、予防として摂取するものには特に安全性が重視されるが、葉酸は天然物で副作用が非常に少ないというのもいい。葉酸は“アンチエイジングドラッグ”になる可能性を秘めている。

福岡先生
 遺伝子の発現には、DNAやタンパクのメチル化、脱メチル化が関与している。そしてこのメチル化、脱メチル化に重要な役割を果たしているのが葉酸。作用機序の解明はまだ十分ではないが、葉酸が減るとホモシステインやその前駆体であるS-アデノシルホモシステインが細胞内に増え、メチル基転移酵素の活性を抑制してメチル化度を変えてしまうのではないか。メチル化度が変化すれば、その影響を受けて遺伝子の発現も変わり、これが成人病の素因になると考えられている。

大井先生
 二分脊椎症と葉酸の関係が、科学的に高い水準で証明されたことで、先進諸国では政策としてこれを受け入れ、葉酸による二分脊椎症の予防に取り組んできた。世界的にそのような流れがあるにも関わらず、日本では葉酸に関する一貫した施策がとられず、啓発や摂取が進まない。それはなぜか。

香川先生
 日本の政府は縦割り。日本はアジア開発銀行を通じて、東南アジアにおける葉酸強化に取り組む一方で、「葉酸は240μgで十分。日本人の葉酸摂取は充足している」という姿勢を変えない。これでは国民の健康は守れない。

折茂先生
 日本は問題だらけ。言い出したらきりがないが、私は研究費の問題を指摘したい。日本では、がんやゲノムには莫大な研究費が出るが、栄養の分野にはほとんど出ない。国民の健康維持、あるいは疾病の克服にどれだけ役に立つかを考慮し、本当に有意義な研究をバックアップするよう、配分を見直す必要がある。民間の財団も同様だ。

福岡先生
 私たち自身の問題が大きいと思う。テレビで「○○がいい」と言うと、その日のうちに、スーパーの棚からそれが消えるというのでは、日本国民の品格が疑われる。健康を考える上で、栄養は最も重要であること、このことを私たち国民がもっとしっかり認識すべきだ。

【登壇者プロフィール】(敬称略・登壇順)

◇ 大井 静雄(おおい しずお)
東京慈恵会医科大学病院総合母子健康医療センター小児脳神経外科部門教授
ドイツ・ハノーバー国際神経科学研究所(I.N.I)脳神経外科教授  兼任

1973年神戸大学医学部卒業。医学博士。
ノースウエスターン大学医学部脳神経外科を経て神戸大学医学部脳神経外科講師、 ハノーバー医科大学ノルトシュタット病院脳神経外科永続客員教授、東海大学医学部脳神経外科助教授を経て現職に至る。専門は脳神経外科(特に小児脳神経外科、二分脊椎水頭症、低浸襲性手術、医療機器開発、脳ドック、発達脳科学)。
日本脳神経外科学会・ガレーヌス賞(1984)など受賞歴多数。国際神経内視鏡連盟(ISGNE/IFNE)理事長(2007~)、日本小児神経学会理事(2001~)、日本水頭症治療シンポジウム(JAH)会長(2005~)、日本医学英語教育学会(JASMEE)理事長(2004~)。主な著書に70冊を超える医学専門書の他、医学英語論文表現法辞典(南山堂・全570頁)、国際学会英語表現辞典(三輪書店・全173頁)なども単独執筆。現在、日本医学英語検定試験制度委員長を務める。

◇ 香川 靖雄(かがわ やすお)
女子栄養大学副学長
自治医科大学名誉教授

1957年東京大学医学部卒業。1962年東京大学大学院生物系研究科修了。医学博士。
1958年聖路加国際病院、1963年在日合衆国教育委員会フルブライト研究員としてニューヨーク市公衆衛生研究所生化学部に勤務後、東京大学医学部生化学助手を経て1968年信州大学医学部生化学教授。1970年コーネル大学生化学分子生物学客員教授。1972年自治医科大学生化学教授。1998年女子栄養大学教授就任後、1999年より現職。
1985年日本医師会医学賞、1996年紫綬褒章(生化学研究に対し)、2006年瑞宝中綬章(教育研究に対し)受賞。主な著書に「生活習慣病を防ぐ」(岩波新書、2000)、「図説医化学(第4版)」(共著、2004)、「香川靖雄教授のやさしい栄養学」(女子栄養大学出版部、2006)など。

◇ 折茂 肇(おりも はじめ)
健康科学大学学長
骨粗鬆症財団理事長

1959年東京大学医学部卒業。医学博士。
1982年ブラジルリオグランデカソリック大学医学部客員教授、1986年東京大学医学部老年病学教室教授。1995年東京大学医学部退官後、同年大蔵省東京病院院長に就任。1997年東京都老人医療センター院長就任。2003年健康科学大学学長就任。現在、骨粗鬆症財団理事長、日本老年学会理事、長寿科学振興財団理事、NPO日本抗加齢協会理事長、国際老年学協会代議員を務める。また、日本老年学会会長、日本老年医学会会長、日本動脈硬化学会会長、日本骨代謝学会会長等を務めた。
1993年国際老年学会会長賞、1994年日本骨代謝学会賞、1997年英国老年医学会賞、1999年日本医師会優功賞、2000年日本動脈硬化学会大島賞、2003年アジア大洋州老年学会賞、2006年日本骨粗鬆症学会賞受賞。
専門は老年医学、特に内分泌代謝疾患(骨粗鬆症、糖尿病等)。

◇ 福岡 秀興 (ふくおか ひでおき)
早稲田大学胎生期エピジェネティックス制御研究所教授

1973年東京大学医学部医学科卒業。医学博士。東京大学大学院助手(医学部産婦人科)、米国ワシントン大学医学部薬理学教室(セントルイス)Research Associate・ロックフェラー財団生殖生理学特別研究生、1982年香川医学大学講師(母子科学講座)、1990年東京大学大学院助教授(医学系研究科発達医科学講座等)を経て、2007年より現職。
産婦人科生殖内分泌学の視点より、妊娠中や思春期の女性の骨代謝と胎児低栄養による成人病発症の機序に関する研究を行っている。「第6次、第7次日本人の栄養所要量」の策定委員。「妊産婦のための食生活指針」検討委員。
米国骨代謝学会・内分泌学会会員。日本産科婦人科学会東京地方部会評議員、日本内分泌学会代議員、日本骨粗鬆症財団評議員、東京母性衛生学会・日本母性衛生学会常務理事。

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「葉酸と母子の健康を考える会」調査・活動レポート

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